2023年08月04日 カテゴリ:眠り

夏休み明けの子どもたちの心と体を守ろう。現代の夜型生活における若者のメンタルヘルスを考える

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夏休み明けの子どもたちの心と体を守ろう。現代の夜型生活における若者のメンタルヘルスを考える

子どもたちが羽を伸ばせる夏休み。しかし、夜更かしをしてお昼に起きてくるような生活を送っていては、2学期に入り通常の学校生活へ戻るのは大変です。

ここ数年夏休み明けの子どもたちのメンタルヘルスは、社会的な問題と言われるようになりました。学校生活への不安から、苦しさを感じる若者たちが増えているのです。

「睡眠時間を確保することは、自分を守ること。自分を大切にする方法を教えるのが『眠育(みんいく)』です」

そう教えてくれたのは、小児科医であり日本眠育推進協議会理事長の三池輝久先生。子どもたちの寝不足が常態化した夜型社会において、子どもたちの心と身体を守るためにできることを詳しく聞いてみました。
 

社会が夜型にシフトしているのに、学校の開始時刻は変わっていない


──まずは、子どもたちの睡眠事情について教えてください。

睡眠は脳を休ませ、脳の働きを守るために必要なものです。脳機能を正常にするためには、0歳から9歳(小学校3年生ごろ)までは10時間弱、小学校高学年は9時間、中高生は少なくとも8時間は睡眠時間を確保する必要があります。

しかし、2014年に熊本県のある都市で行われた中高生向けの調査では、夜間睡眠時間が6時間半以下の中高生が80%にも及びました。7時間以上寝ていたのは、わずか20%弱です。地域によっては、乳幼児でさえ22時以降に寝かせている家庭が20%を超えています。

──なぜ、子どもたちの睡眠時間は短くなってしまったのでしょうか?

この50年でインターネットの普及や塾、習い事など、大人と一緒に子どもたちの生活も夜型にシフトしています。それにも関わらず学校の開始時間が8時過ぎなのは、昔からずっと変わっていません。そのことに疑問を持っていただきたいんです。

小学校低学年の場合、本来であれば20〜21時には寝て6〜7時に起床すれば10時間弱の睡眠時間を確保できます。しかし、21時までに寝ている子どもなんてほとんどいませんよね。23〜24時に就寝して、学校に行くためには6〜7時に起床しなければなりません。

本当は10時間弱寝る必要があるのに、7〜8時間程度しか眠れていない。脳をちゃんと休息させないまま「学校に遅れるから起きなさい!」と叩き起こされるわけです。

脳を休めるために必要な睡眠を取れていないと、脳はずっと疲れを引きずったままです。幼少期から疲労を蓄積し続けていては、いつかは朝起きること自体が難しくなりますよね。学校に通うためには朝起きれなければいけませんから、朝型に適応できない子は学校生活からいずれドロップアウトしてしまう。つまり、睡眠不足と不登校は密接に関係しているんです。

睡眠不足で起こる「コミュニケーション能力の低下」


──睡眠不足による機能の低下とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

人の身体には、「概日リズム(サーカディアンリズム)体内時計」というものが備わっています。適切な就寝時間と起床時間を司令する役割を果たしますが、体内時計は睡眠に限らず、自律神経機能、体温の調整機能、ホルモン分泌機能、免疫機能、糖代謝、それから脳機能のバランスなど、人間の生命維持機能を営む上で非常に重要な役割を果たします

この概日リズム体内時計に沿わない生活を送っていると、「クロノディスラプション(体内時計混乱)」というものが起こります。つまり、身体の仕組みの歯車があまりよく噛み合っていない状態です。こうなると、心臓にしろ肝臓にしろ、脳にしろ、あらゆる体の機能に問題が生まれてしまいます。

──体内時計は適した睡眠時間を教えてくれるだけでなく、あらゆる生命維持機能を担っているわけですね。

私の臨床経験からお話しすると、睡眠負債を抱えた子どもに一番最初の症状として現れるのがコミュニケーション能力の低下です。脳機能のバランスが乱れると、情報を理解し、考え、それをまとめて発信する力が弱まってしまいます。

できていたはずのコミュニケーションができなくなると、子どもたちも戸惑いますよね。なぜうまく相手とコミュニケーションが取れないのかわからなくなり、不安や葛藤でイライラしたり、自己否定的な思考に囚われてしまったりすることもあります。

自己否定的になると「あの子は自分の悪口を言っている」と、被害意識が強まってしまう場合もあり、その子どもはより孤立しやすい精神状態になってしまうんです。

次に問題になってくるのが休日の寝溜めです。平日に早起き睡眠不足生活を強いられていると、次第に脳機能の低下を防ぐために土日に睡眠の補充をしなければいけなくなります。

すると今後は「社会的時差ボケ」が出てくる。つまり、海外へ出かけた際に生じる、強い眠気や不眠、倦怠感や頭痛にめまいといった時差ボケのような症状が同じ場所で生活しながら起きてくるわけです。

「学校に行かなければ」と眠たい身体を引きずりながら平日を送り、休日にまとめて寝ることで、今度は「社会的時差ボケ」も生じてくる。そんな中で勉強や部活で結果を出さなければいけない現状は、子どもや若者たちにとっての生きづらさにつながっていると考えられます。


◼︎「社会的時差ボケ」について詳しく知りたい方はこちら
https://www.nishikawa1566.com/column/sleep/20220620140629/

夏休み明け、学校を休ませることも大切な選択


──夏休みの最終日は、これから始まる学校生活への不安を強く感じる若者たちが多くいるといわれています。この問題と睡眠不足はどのように関係していると先生は分析しますか?

かなり密接だと思います。2014年に熊本で実施した調査では、中学生の夏休みの就寝時間と、2学期の就寝時間には2時間も差がありました。夏休み中は24時以降に寝る子が2割を超えています。

子どもたちもストレスや心配事を抱えていますから、ゲームやSNSを観るなどのリラックスタイムは必要です。すると、あっという間に遅寝遅起き生活にシフトしていきます。

この生活が固定化されてしまうと、夏休み明けに起きるのがしんどくなるのは当然ですよね。なので、子どもたちにはせめて24時を超える前には眠り、朝7〜8時までには起きる生活を保っておかないと「本当に危険だよ」と伝えたいです。

──ただ、親が寝なさいと言ってもなかなか寝てくれるものではないですよね...。

夏休み明けに限らずですが、子どもが朝起きれなくてしんどそうなときは、むしろ学校を休ませてゆっくり寝かせてあげてください。これは決して甘やかしではありません。

私個人の考えではありますが、無理に朝型の学校生活に合わせなくても、通信制の学校など他の手段をとる家庭は増えてきています。そこまでいかなかったとしても、徐々に生活リズムを整えていけばいい。少し様子が落ち着いてきたら、スクールカウンセラーに相談するのも良いでしょう。子ども自身が朝起きれないことや学校に行けないことに深く傷ついているので保護者はあまり責めないでほしいんです。

私は、子どもたちの遅寝遅起きが悪いと言いたいわけではなくて、いまの時代において学校の朝型生活に無理があると思っているんです。

アメリカやイギリスの一部の中学校・高校では、始業時間を1時間ほど遅くすることにより遅刻する子どもが減少し、学業やスポーツの成績も上昇したため、健やかな学校生活を築く上で一定の効果があったといわれています。

日本においても、子どもたちのあらゆる身体機能を犠牲にしながら無理に朝型生活を送らないなどの抜本的な学校改革は有効だと思います。ただ、そう簡単に変えることはできませんよね。

そんな状況のなかで、「眠育(みんいく)」を学校や家庭で実践することが重要だと考えています。

「眠育」は自分の身を守ること



──「眠育(みんいく)」とはどんなものなのでしょうか?

世代によって伝えたいことは異なってきますが、まずは子どもたちに向けて「ちゃんと寝ることは、自分の身を守ることなんだよ」と伝えることです。

「学校に通わせなければ」と親が必死になってしまうケースは多いですが、学校に通うことや成績を上げることよりも、ちゃんと眠って自分の健康、自分の身体を守ることを大切にしてほしい。自分の守り方さえ知っていて生きてさえいれば、将来は何とでもなるよと。

──眠育とは、自分の心身の守り方を学ぶことなんですね。

中学生や高校生になってくると、いつかその子自身が親になったときに実践してもらいたいことも伝えるようにしています。先ほどお伝えした体内時計というのは、実は生まれてから1歳くらいまでの間に身についてしまうものなんです。非常に早く、あとから修正するのはなかなか難しい。

親が夜更かししていては、その子どもも夜型生活を身体で覚えてしまいます。妊婦さんも同様です。小さな子どもがいる親や妊婦さんが夜遅くまで働かなくて済むように、社会の制度を整えることが必要だと思います。

ただ、社会全体が変わるまでには時間がかかりますから、まずは自分の身は自分で守ること。そして、親たちは自分の生活リズムが子どもの健康に影響を与えると自覚すること。地道にではありますが「眠育」の重要性を伝えつづけていきたいです。
 
***


夏休み明け、起きられずにしんどそうにしていたら休ませてあげること。そして、親自身もよく眠ることの重要性をお話しいただきました。

睡眠不足が心や身体に与える影響を知っておけば、自分の身を守ることにつながります。子どもが夜なかなか寝てくれず困っているご家庭は、お子さんと一緒に「眠育」について学んでみてはいかがでしょうか。

小児科医・日本眠育推進協議会理事長

三池 輝久先生

小児科医、小児神経科医。熊本大学病院長、日本小児神経学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター長」などを経て現在、熊本大学名誉教授、日本眠育推進協議会理事長。子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動は30年を超える。

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