4.卓越した経営感覚

定法書
定法書(寛政11年)
江戸時代の勘定帳
江戸時代の勘定帳

西川家「中興の祖」七代目利助

西川家「中興の祖」と呼ぶにふさわしい業績を残したのが七代目利助である。七代目が当主であった時期は田沼時代と緊縮財政で知られる「寛政の改革」の時代であった。田沼時代は消費活動が活発であったが故に、新興商人が力を持ちはじめ、旧来の商人たちが没落していくという現象がおこった。こうした厳しい商況にあって、経営基盤の安定を図ることが七代目の大きな課題であったようだ。

自己保険システム、積立金制度の創設

定法書
定法書(寛政11年)

「火事と喧嘩は江戸の華」といわれるくらい江戸市内の火事発生率は高く、七代目利助が家督を継承した早々に2店舗を類焼する。こうした状況を経験した七代目は「不慮の事故・災害などの復旧費用を積み立てておく」必要性を痛感、純益の中から、「普請金(再建費用)」「仏事金」「用意金」の3名目の積立を行った。

さらに、積立金は資金として確実な担保をとって貸し付けを行い、その利潤で土地・家屋などを購入し、賃貸に出した。1799(寛政11)年には、積立の目的、資金の用途と運用方法までを「定法書」として明文化し、代々の当主に受け継がれていった。

グループの体質強化策

三代目利助の頃から実施していた、成績優秀・永年勤続の従業員に分家の資格を与える別家制度を、七代目が「定法目録」として明文化した。これによれば、別家の権限と義務を明確にし、本家と親戚、別家の3者共同責任性よる相互チェック運営を行い、グループの存続と体質強化を図ったことがうかがえる。

ボーナス制度の制定

三ツ割銀預帳
三ツ割銀預帳

また「三ツ割銀制度」と呼ばれるボーナス制度を制定。1789(寛政元)年以降、年2回の決算を終えると純益の3分の1を従業員に分配した。ボーナス制度は従業員の忠誠心を養い、やる気を向上させ、売上向上に貢献した。

現存する「最古の勘定帳」

寛文七年の勘定帳
寛文七年の勘定帳

七代目が行った改革のベースになっていたのが、創業以来の古い資料であった。現存する「最古の勘定帳」といわれる1667(寛文7)年のものは、七代目が整備し、総目録を作成した成果である。西川家が江戸時代初期からすでに「計数管理」による経営を行い、在庫管理や利益管理の概念のもとに経営されていたことを表す証拠である。


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